次の祝祭までには
自宅には、年老いた掃除婦が通ってくる。 その老女は自分の稼ぎの一部を、ヨーロッパの緑豊かな川沿いにある素敵な家に暮らす子や孫に、もしかして、ひ孫までいるかもしれない彼らのもとに送っているという。仕事のない日は、ブネイバラクの一角にある、人工甘味料工場が住宅として使っていた窓もない建物に隠れ住んでいる。その廃屋の入り口には、でぶのフィリッピン男が一日中すわっていて、老女はその男に用心棒代として500シェケルを支払っているという。こうした一連の事情を、老女はうちに来た初日に、単語だけをつなげたカタコトを丸暗記でもしたかのように、一気に話した。そして、そのフィリッピン男のずんぐりした体つきや吊りあがった眼を、がさつな身振りで演じた後、そいつが月初めに、老女に支払いを求めることもつけ加えた。「まあ、そんなことはいいんだけど」
うちに通いはじめてすでに二年がたつ老女の仕事は手際よく、ていねいだった。家具はたとえ軽くても動かさないが、部屋の隅々まで実にきれいにする。水洗いはせず、家具や物に傷をつけたり、失くしたりすることもない。部屋のレイアウトを変えることなく、床はぴかぴかに磨き、二匹の猫を追い払ったりもしない。わたしの後を、いつものっそりとつき歩く毛並みのいい猫プリンスとも、そつなく付き合う。この子の歩調の理由は、怖くて不安だからではなく、他者をさげすむ気どりからくる。年老いたうちの掃除婦は、プーチンという名の猫ともうまく折り合っている。気むずかしい顔つきで、現世も含めて数々の転生輪廻のせいで神経がとがり、内面傷だらけの猫。木の葉が舞うだけで、手で払う間もなく、屋根にまでとび上がってしまう子。老女は、このプーチンに媚びもせず、撫でまわすこともしないが、この子が満水のバケツめがけて、こっそり外に出た時などは、ふと優しい声かけをして、部屋に戻すこともできる。一日中ソファに寝そべるプリンスとはちがい、プーチンは老女が掃除に来る日にかぎって、ソファに寝転がろうとする。
週に一度の5時間前後の仕事で、老女がわたしから受け取る金額は250シェケル。今回は、冷蔵庫の整理と掃除も頼んだ。冷蔵庫の収納ケースは、パセリなどの野菜の残りカスとベタベタした手垢で汚れている。自分が、最後に掃除したのはいつだったのかおぼえてないし、はたして今まで冷蔵庫の大掃除などしたことがあるだろうか。
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